日本一周中に降りかかった10の苦難をピックアップ

日本一周中に多くの方に話しかけて頂きましたがその中で最も聞かれる質問の一つが「何が一番大変だった?」です。やはり気になるのはひとの苦労話。日本一周をやっている人ならば想像もしないような大変な目に遭っているのだろうという期待が伝わります。その期待に応えられるかは分かりませんが、タイトルの通り日本一周中に「オイオイオイこれどうすんのよ……」と思った苦難を10個ピックアップしてみました。

目次

1.ひざを痛めて自転車をこぐのが難しい

恐れていた「故障」が北海道を旅している時に起こってしまいました。旭川から留萌の黄金岬へ移動した日、あと少しで黄金岬キャンプ場という所で膝が強烈に痛み出したのです。膝が痛むなどという事は初めての事だったので一過性のものかと思いましたが、翌日になっても痛みは治まりません。日本一周のリタイアまで頭によぎるほどのトラブルでした。

何とか痛みを抑えながら日本最北端の稚内までたどり着きしばらく療養。そのかいあってか以降は自転車に乗っても膝が痛むことはありませんでしが、今度は山登りの時に膝が痛むように。゚(゚^ω^゚)゚。

山登りは私の旅のテーマの一つ。自転車で痛めた膝が、山登りで顔を出すなんて……と非常にストレスでした。

治ったことを確信したのは、痛めてから21日後の羅臼岳登山。痛みが出ずに下山できた時は胸をなでおろしましたね。前泊した木下小屋の熱すぎる温泉が効いたのだと今でも思っています。まさに湯治♨

2.キツネにテントを食い破られる

マジで許せませんね(メ゚皿゚)

これも北海道での出来事、さすがは試される大地よ。アホのキツネにテントを食い破られて三か所も穴をあけられてしまいました。

足寄にある日本百名山の雌阿寒岳登山で遭遇したトラブルです。登山口のオンネトー国設野営場にテントを張ってから登山に行ったんですよね。先にテントを張っておけば登山に必要ない荷物は置いていけるのでザックが軽くなりますし、下山したらすぐにテントに入って休めるので。

そうしていざ下山してみればテントがガサガサと動いているじゃないですか。「変態か?」と思って近づいてみるとキツネがテントの中から私のナップザックを取り出そうとしている所でした。ナップザックに口をつけている時点でもうすでにテントは食い破られているということが理解できた時は血の気が引きましたね。ウォールマリア突破時のパニックですよ。

季節は夏、まだ暖かかったおかげで最悪テントが無くても野宿はできるので多少時間がかかっても修理に出そうかと思ったのですが、まだ登らないといけない山があったので修理に出すのは断念。

北海道には日本百名山が9座あり、雌阿寒岳はその8座目だったんですよね。ラスト1座という所でこのトラブルですからゲンナリします。しかもそのラスト1座が「最も遠い百名山」の異名を持つ幌尻岳という難関。テント泊がほぼ必須となります。すでに幌尻岳に登っていたのであればライダーハウスを泊まり歩く間に修理に出すこともできたのにと途方に暮れました。

その後の対応

襟裳岬に向かうルートを変更して、モンベルのある南富良野へ向かいました。ルートにすら影響を与えるトラブルでした。

モンベルについて店員さんに相談したのですが、店舗に直に行ったからと言って修理に時間がかかるのは同じでした。という事で

自分で修理することに。

破れたテントを縫い合わせた後、モンベルで購入した補修接着剤で縫合部分を覆って完了です。このテントで日本一周を達成しました( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )

3.最も遠い百名山「幌尻岳」での嵐

テントの修理が終わった翌日に臨んだ幌尻岳でさっそく苦難。この幌尻岳で味わった苦労は旅全体を通してみても指折りのものでした。

北海道の背骨こと日高山脈に鎮座する幌尻岳は「最も遠い百名山」の異名を持ち、その名の通り主要3ルートのどこから登っても遠い山です。この記事の苦難にカウントした理由は登頂してから荒れに荒れた嵐によるものですが、そもそも登山口にアクセスする段階から大変だったのでそこにも触れておこうと思います。

まず登山前日が超大雨で、当日になったら主要3ルートすべてがくたばっていました。メジャールートである「額平川コース」は登山口までの林道で大規模な路面の消失・崩落が確認され完全にお陀仏。「新冠陽希コース」も登山口のイドンナップ山荘までの道が崩落し、山荘にいる人は救助待ちという状況。残る「チロロ林道コース」も路肩の一部が崩壊し、車両の通行ができないという瀕死の状態。しかし登るのであればこの「チロロ林道コース」しかありません。他の二つはもう明確に登山不可能ですからね。

ルートを「チロロ林道コース」に絞り、登山当日に森林管理局に行って直に「登山に行っても大丈夫か」を確認しました。職員さんの返答は「歩いて行くのであれば封鎖ゲートを越えて登山道に入れますがおススメしません。しかし個人の判断で進入することを禁止することもできません」というもの。要は自己責任ですね。

結局、登山することを決め突入したチロロ林道はこんな具合。確かにこれは歩き以外は無理です。

そんなこんなでチロロ林道から登って行った幌尻岳でしたがこのルートは長大で山小屋も避難小屋もなく、日帰りも難しいのでテント泊が必要になります。事前にこの山を登った方々の活動記録を読んで稜線にテント泊できそうな場所があることがわかったので、テント泊でも問題ないだろうと登山を開始したのですがーー

幌尻岳の山頂に立ってから天候が急変。体がよろけるほどの強風にさらされながら下山を開始します。

ただでさえ長い登山道。天候が良くてもキツイ登山なのに嵐の中行動をするのは非常に堪えました。しかし避難小屋も何もないのでどうにかしてテントを張って一夜を過ごさなくてはなりません。

そうして当たりをつけていたテント場になんとかたどり着いてみると風を全く遮られておらず強風にさらされるがままの場所でした。そんなところで生身の状態でよろけるほどの風の中、テントを張ったら人間ごと飛ばされてしまう事は想像に難くありません。

当初予定していたテント場を離れてさらに下山していきますが稜線上はどこも同じような風で幕営は不可能。強風にさらされながら途方に暮れている内に時刻は17時を回ってしまいます。疲労に加えて、嵐の中日が暮れていく不安。稜線上にはテントは張れないのでさらに下って樹林帯に入るしかありませんでした。そうして樹林帯の登山道の端で無理やりテントを張ったのが初めてのビバーク(緊急的野営)です。

今でもふとした時に、吹きすさぶ幌尻岳の稜線の景色が思い浮かびます。

4.旭岳~十勝岳の大雪山縦走

登山道です。゚(゚^ω^゚)゚。

天気が悪く登山をあきらめた十勝岳を、旭岳からトムラウシを経由する縦走でリベンジした大縦走。しかしトムラウシからオプタテシケ山までは人通りも少ないコースで、草木が生えまくり。藪漕ぎに雪渓越えと非常に苦労させられました。ヒグマの巣窟をかき分けて進んでいく不安と、シンプルに体力な疲労。二度とは通りたくない道です。

オプタテシケ山の雪渓

悪天候のなか行ったオプタテシケ山の雪渓越えもとても不安な登山でした。雨自体は小雨だったんですけど風がとても強く、小雨故に強風に乗って山肌を駆けあがってくるのです。雨が下から降る経験をしたのはこれが初めてでしたよ。

ついには小雨混じりの強風に本当に疲れてしまって登山道の小道で寝転んで休憩する始末。藪よりも低い姿勢になれば風から逃げられますからね。他の登山客の迷惑になる? 他の登山客がいればどれだけ気持ちが楽になったでしょうか。トムラウシからオプタテシケ山まで誰にも会うことはありませんでした。先述の幌尻岳とこの大雪山縦走では純度の高い「孤独」を味わえました。

この大縦走の後に旭川から留萌へ移動したのでひざを痛めた要因の一つだったかもしれません(´;ω;`)

5.100kmの修行の道を歩き通す大峯奥駈道

「大峯奥駈道」は吉野と熊野を結ぶ山岳道。吉野駅から熊野本宮大社までの全長100km弱の道を歩き通す大縦走でした。実に5泊6日の時間をかけて達成したこの縦走は当時最長期間の登山で、それだけ長いこと山の中に入った経験がない私は食料や装備も手探り。何とか最後まで食料は持ちましたが、靴擦れに苦しめられた登山でした。入山4日目ともなると対策をしていない無防備な私のかかとの皮はやられ放題。絆創膏を貼った上にテーピングを巻いてとだましだましで熊野まで歩いていきました。

熊野本宮大社直前で熊野川を渡渉したときは心躍りましたね。あと少し、あと少しでゴールだという高揚感。道のりが厳しかった分、その達成感は素晴らしいものでした。

該当記事

大峯奥駈道

6.日本で最も危険な一般登山道『奥穂高岳~ジャンダルム~西穂高岳』

裏銀座コースから始めた北アルプス大縦走のラスボス「ジャンダルム」への挑戦です。一般登山道としては国内最難関である「奥穂高岳~西穂高岳」の縦走路中にあるジャンダルムはずっと憧れの山でした。

ただ、憧れるだけで登れる山ではないのは確かで、登山中に求められた集中力はこれまでの山行の中でも最高レベル。ワンミス即死の状況で歩くこの縦走路のスリルと言ったらもう、ね。

そんな厳しい道を越えてきてついにこのジャンダルムの頂へ立った時の感動はとても言葉にできませんでした。このジャンダルムの山頂標識である天使の看板にずっと会いたくて会いたくて……。この山に登ったことは生涯の思い出となるでしょう。

7.南アルプスの百名山をすべて登る大縦走

この旅中で最も体力的にきつかったのがこの、南アルプスに存在する日本百名山をすべてを一度に登るという大縦走。14泊15日という実に半月の時間を費やした登山になりました。今後の人生でこれ以上の日数山に籠ることがあるでしょうか。それだけの期間山に入るという事で食料も多くなり、荷物も過去最重の35kg、私の体重の約50%を背負っての登山となりました。日帰りでも嫌ですそんな荷物で山に入るのは。歩荷さんは本当にすごい。

日本第二位の標高を誇る北岳(3193m)では標高3000mのテント場で台風13号の猛威にさらされるという経験をしました。一晩はこのテント場で過ごしましたが、翌日はさすがに山小屋に避難しましたね。大嵐の中テントを撤収するのは本当に億劫でした。マジ。

8.自転車での登山口へのアクセス

これが腹立たしいくらいに大変(メ゚皿゚)

山の登り口である登山口はもう登山口の時点で標高が高いことがほとんど。そこへアクセスするとなるとヒルクライムは避けられません。

普段の自転車旅であれば、次の街へ移れるくらいの峠越えで稼ぐ標高を登山のためだけに稼ぎに行くのです。アクセスした後に通り抜けてまた本来のルートに合流できるのであればまだ良いですが、登山口に向かうためにルートを外れてまた同じところまで戻ってこないといけないパターンは本当に疲れますね(^-^;

登山口までの道が荒れていた李、未舗装だったりすると厄介さが跳ね上がります。そういった道は登りが大変なのはもちろんですが、本来ご褒美である下りでも牙をむいてくるので、下り坂なのに自転車から降りて歩くこともありましたね。日帰りの山に登るときは登山よりも登山口にたどり着くまでの方が大変です。冗談ではなく。゚(゚^ω^゚)゚。

日帰りと言えばですが、車やバスでアクセスすれば日帰りで登れる山であっても、自転車だとアクセスで一日使ってしまうために一泊必要になるケースもしばしば。登山口での野宿となるとコンビニなどあるはずもなく補給にも苦労するので、食料を買い込んでヒルクライムに臨まなくてはならないことも億劫でした。

9.体調不良によってうまく自転車が漕げない

休めよ と言われればそれまでの事(^-^;

自転車で日本一周をすると聞くと気になるのは「自転車のトラブル」と「体調」の事ではないでしょうか? 幸いにしてインフルエンザやコロナといった隔離必須の病にかかることはありませんでしたが、とても自転車なんか漕いでいられないというような体調不良になったことはありました。

すべてお遍路編で起こった体調不良で、そういう時に限って山寺へのヒルクライムなりトレッキングが必要な日で困ったものです。そういう不調の時にどういう対応をしたのかという事が読者の方の知りたいことだと思うので本当に申し訳ないんですが何も特別なことはしていません。やせ我慢です。不調を無視して動いていました。私も他の人が同じ状況にいれば「休めよ」と言うと思います(๑-﹏-๑)

10.自転車のスタンドが折れる

本当に勘弁してほしかったですね。これは北海道の斜里岳に登った日、その登山口に向かう途中の出来事でした。休憩するために自転車を停めて少し目を離したらその間に自転車が倒れているじゃないですか。重い自転車なのでこれまでも同様に倒れることはあったのでいつもの事だと思って車体を起こしてみたらこれですよ。

こんな積載車を後付けのサイドスタンドで支え続けられると思っていたのが間違いでしたね。車体を真下から持ち上げるセンタースタンドが適切だったのかもしれません。

ともかくこの破損によって自立できなくなった私の相棒。何かにもたれ掛からせないと駐輪できないのでしばらくは自転車を停めるのに苦労しましたね。

慣れるとどこで求められるようになりましたが。後輪だけもたれ掛からせて、前輪はブレさえしなければ良いのです( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )

番外.日本一周ブログの更新

「苦難」というとネガティブなニュアンスもあって適切ではないかもしれませんが、「大変だったこと」と言い換えた時に真っ先に思い浮かんだのが

ほこから

お前やーーー!!!

そう、これです。

ブログ!。゚(゚^ω^゚)゚。

日本一周442日分の記事を書いていくのは本当に大変でした。ブログのために手間が発生するケースは枚挙にいとまがありません。その日の移動が終了してからパソコンの電源を確保するためにマクドナルドなりのファーストフード店を探し、日付が変わる頃に公園へ向かう生活。それも寒い時期になって来ると堪えるんですよね:;(∩´﹏`∩);:

苦労の多いブログの更新でしたが後悔はありません。ブログをやっていたからこそ出会えた方も多いですし、こうして思い出を記録し続けたおかげで私の旅は終わってからも振り返って楽しめるものになりました。このブログは明確に財産ですよ。

これから日本一周を始めようという方にもブログをやることを私は勧めます。今の時代ならYouTubeでもいいですね。とにもかくにも記録すること、これは強く勧めますね。記録の大切さについてはまた別の総集編記事で書きますか。

該当記事

ひのもと行脚

おまけ.苦難という程でもないけれど嫌だったこと

こいつは苦難というより「〇してやる……(メ゚皿゚)」という感じですね。こいつのおかげで何度眠れない夜を過ごしたことか。当然ですが東屋の下で野ざらしで寝ていると蚊にフルボッコ食らいます。テントの中で蚊取り線香を焚いて燻すとセーフティエリアを確保できますがケムいし危ないのであまりお勧めはできないですね。そもそも夏場はテントが暑すぎますし快適な夜を過ごすことは難しいです。夏は北海道にいる事が最適解かもしれません。

トンネルとトラック

https://fawtblog.com/day283/

チャリダーにとっての脅威です。トンネルとトラックはどちら単品でも脅威ですがこれらはつるんで襲い掛かってくることがほとんど。

トラック単体であれば絶対に待機して通り過ぎるのを待つのが吉です。

そうもいかないのがトンネルの辛いところ。自転車が通れるくらいの幅の歩道があっても油断はできません。むしろギリギリ自転車が通れるくらいの歩道であれば車道を走って、後ろから車が来るたびに自分だけ歩道に下りて車が過ぎ去るのを待つ方がいいです。

チャリダーはフロント両サイドにもバッグを取り付けていることが多いと思いますが、これがトンネルに擦るとハンドルがトンネル側にキレるんですよね。そうなると車体は道路側に倒れるんですよ。踏ん張ろうとしても歩道は車道より一段高くなっていますから足が届かずにそのまま倒れてしまいます。この時に後ろから車が来ていたらそれでおしまい。狭い歩道を行くのはむしろリスクが高いです。歩道が広ければ脅威でも何でもないんですけどね。

本格的に泊まるところが無い

私は、大雨で移動ができず泊まる場所を探し回る事すらできないという状況に陥った時がありました。屋久島縦断を終えて自転車を停めたところから一番近いバス停まで戻ったのですが、バスから降りた時点で夜&大雨。寝床を探す暇すらありませんでした。

しばらく消防署の軒下で悩んでいましたが、意を決して濡れながら自転車の元まで移動。そのまま自転車の前でテントを張り一夜を明かしました。駐輪していたところがモロ県道側の空き地だったので普段だったら絶対テントは張りませんでしたが背に腹は代えられません。寝床で本当に困ったのはこの時くらいでした。

泊まるところが高い

「本格的に泊まるところが無い」の亜種みたいなもので、ちょっと割高なキャンプ場以外に宿泊の選択肢がないパターンの出来事です。日光白根山に登るために前泊しようと思ったんですけど「キャンプ場以外でのキャンプ行為は固くお断りします」の標識があったので駐車場での野宿を控えて大人しくキャンプ場に泊まることに。キャンプ場なんてどれだけ高くても1500円くらいのものだろうと思って何も調べずに受付に行ったら8600円かかって笑いました。ビジネスホテル? スノーリゾートは値段が張るのが当然なので、ただただ夜を越せればいいやという私が場違いだっただけの話で全くクレームとかの話ではないのですがキャンプ場で8600円は驚きましたね。いいブログのネタになりました。

8600円はいいオチなので苦難まとめもここで切り上げておきますか( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

該当記事

【164日目】8600円

まとめ

苦難として10個のエピソードといくつかおまけをピックアップさせて頂きました。しかし苦労と喜びは表裏一体で、大変だった思い出ほど達成感も大きく、嬉しい記憶にもなっています。苦難を乗り越えた後にもらえるご褒美の価値を知れたのがこの旅の財産の一つだったなと思いました( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )





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