2023-10-30
早いもので札所も六十番台へ。その一発目、六十番札所『横峰寺』が菩提の道場における遍路ころがしで中々アクセスが面倒でした。今日はこの横峰寺でいっぱいいっぱいかと思ったら意外とスムーズに参拝が進み、5ヶ寺打つというブログ執筆泣かせの多忙な日に(^-^;
チャリダーころがし横峰寺
おはようございます。最近はテント内が結露して、落ちてきた水滴でシュラフが濡れてしまいます。順調に行けばあと1ヶ月弱で終わる旅ですし今更シュラフカバーを買うのもなんだかなという気分。
ということでインナーテントに触れてシュラフが濡れるのを防ぐためにブルーシートを巻く作戦を使ったんですけど、今度はシュラフとシートの間で結露しますね。ちゃんとしたシュラフカバーが透湿性を備えている意味が理解できました。゚(゚^ω^゚)゚。
去年のこの時期は結露でシュラフが濡れるなんて悩みは抱えていなかったと思うんですけど今年との違いが理解できません。困ったものです。
テントを片付けたらお遍路再開。今日は伊代の関所寺にして、菩提の道場の遍路ころがし『横峰寺』です。めちゃくちゃ億劫。゚(゚^ω^゚)゚。
横峰寺は四国、というか西日本最高峰の石鎚山の中腹にある札所。自転車で登るのはとても面倒なので歩き遍路モードになることになるでしょうが、それにしても登山口の駐車場までは自転車で登って行かないといけません。
最近は天候が安定していることが救いですね。曇るだけで「もしかしたら雨が降るかもしれない」というストレスを抱えることになりますから。
横峰寺へのルートはいくつかありますが私は湯浪休憩所という所から登ります。
湯浪休憩所は県道147号線の南の果て。迷う事はありません。傾斜はご覧の通りで疲れますが。゚(゚^ω^゚)゚。
撮れ高皆無の地味キツヒルクライムを終えて湯浪休憩所へ到着。麓のファミマからここまで40分といったところでしょうか。とりあえずは第一関門突破です。
早朝、横峰寺を参拝してきた方々でしょうか。東屋で休憩しています。一折がある様で少し安心しました。
水場やトイレがあるのでできることならここで行動終了して朝一で横峰寺に参拝するのが理想でした。理想と現実は違いましたね。
クロックスを運動靴に履き替えて必要な荷物を持ったら歩き遍路モード変身完了。ぼちぼち登りますか。
【六十番札所】石鉄山『横峰寺』
休憩所奥に石段がありここから登山スタートです。横峰寺までの距離は2.2km。
遍路道として人の行き来が絶えないので道の状態は良いです。藪漕ぎなんかあったらどうしようかと思いましたがその心配はいらなかったみたいですね。
横峰寺までの道はメジャーな歩き遍路道なだけあってとても歩きやすいので登山としての難しさは全くありませんね。川沿いに登っていくので雨天増水時は通れなくなることもあるようですが、単純に歩いていて気持ちのいい道です。
かつての休憩所の残骸だかを見送ると
ゴールはもうすぐそこです。
横峰寺ィ……!
山門
という事で六十番札所『横峰寺』到着!!! 手間をかけさせてくれましたね(メ゚皿゚)
駐車場からここまでおよそ50分かかりました。到着してしまえばこちらのものです。さっそくお参りしましょう。
石鎚山の中腹にある横峰寺の山号は石鉄山で読みは「いしづちさん」。当然といえば当然の読み。
石段を登ると星供大師像がお出迎え。石段前は納経所です。
弘法大師が42歳の厄年の時に行った星供修法を表した像です。
本堂
本尊:大日如来
真言:おん あびらうんけん ばざら だどばん
星供大師像の右手に本堂。651年に修験道の開祖である役行者が石鎚山の星ヶ森での修業中に山頂に蔵王権現が顕われ、その姿をシャクナゲの木に刻んで堂宇を建立したのが始まりと伝わります。
大同年間(806〜810年)に弘法大師が訪れて先の星供修法を行い結願の日を迎えると、やはり蔵王権現が顕われたので大日如来を刻んで本尊とし霊場と定めました。蔵王権現を彫ったんじゃないんかい。
以来、神仏習合の別当寺として栄えましたが、明治の神仏分離令によって石鎚山西遥拝所横峰社となり、明治42年に横峰寺として再興しました。
大師堂
星供大師像の左手に大師堂。大師堂の左手に道が続いており歩き遍路はそちらから六十一番札所『香園寺』へ向かう事になります。バスや車で横峰寺に来た人もそちら側からこの境内に入ってくることになりますね。
納経所
引き返して石段を下りると目の前に納経所。
参拝が終わったら今度は下山です。怪我にだけは気を付けております。
30分ちょっとで下山。肩の荷も下りました。もうこれ以降はお遍路で大変な場所はないでしょう(๑-﹏-๑)
NEXT☞ 六十一番札所『香園寺』
次の札所までの距離:約9.6km
移動時間(徒歩):約3時間
【六十一番札所】栴檀山『香園寺』
湯浪休憩所から県道147号線を下り、国号11号線と合流したら東へ進んでいきます。横峰寺までの道と比べたら走りやすすぎていい気分。
六十一番札所の駐車場に到着です。
菩提の道場、山門ないところ多くないですか?
大聖堂(本堂・大師堂)
本尊:大日如来
真言:おん あびらうんけん ばざら だどばん
こちらが六十一番札所『香園寺』です。新興宗教団体の集会所? 近代的なコンクリート造りの大聖堂が寺というには異質に感じますが、創建は用明天皇(在位585~587年)の頃なので古刹も古刹です。この大聖堂が本堂と大師堂を兼ねているという珍しい札所です。堂内には柱が一本も使われてないといいます。すごい。
この札所は香炉が一つしかないのでここで本堂、大師堂の分の献香を一緒にするようです。
じゃあ6本線香さすという事で構いませんねッ!
堂内へは二階から入ります。
スリッパに履き替えて堂内に入ります。寺に参拝しているとは思えませんね。
香園寺は用明天皇の病気平癒のために第二皇子である聖徳太子が創建したといいます。日本史のビッグネームが出てきましたね。
寺号の由来は、弘法大師がこの地を訪れた際に身重で苦しむ女性を見かけました。大師は唐(中国)から持ち帰った大日如来の金像を本尊の胎内に納めて、栴檀せんだんの香を焚き、護摩修法を行う事で無事に出産させたという言い伝えによります。栴檀山の山号もこの話に由来します。
納経所
納経所はプレハブ小屋でとことん古刹のイメージからはかけ離れていますが立派なお寺でした。大聖堂はちょっと圧倒されましたね。
NEXT☞ 六十二番札所『宝寿寺』
次の札所までの距離:約1.3km
移動時間(徒歩):約20分
【六十二番札所】天養山『宝寿寺』
六十二番札所『宝寿寺』は香園寺から激近。ここも山門ないですね。
手水舎が暖簾のおかげか日の当たり方もあってかなりフォトジェニック。
本堂
本尊:十一面観世音菩薩
真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
我らが聖武天皇(在位724~749年)は国分寺だけでなく諸国に一之宮も造営しました。宝寿寺もそうしてこの地に建てられた伊予国一之宮の別当寺として建立されたのが始まりとされます。
当初は金剛宝寺と称していましたが、弘法大師が石鎚山へ修行に向かう途中に聖武天皇の后であった光明皇后をイメージして十一面観世音菩薩を刻んで本尊として安置した時に寺号を宝寿寺に改めたといいます。
当時の国司である越智氏の夫人が難産で苦しんでいたので、大師が境内にあったという玉ノ井の霊水を加して与えたところ無事に男の子を出産したので安産の御利益があると信仰されました。
境内で見られる十一面観世音菩薩像は宝寿寺が現在の場所に移転してきた時に、地元の人々によって奉納されたもの。大正時代に列車が境内を走ってしまうという事で国道11号線沿いの現在地に遷ったんですよね。その国道11号線の開通のために境内が一部削られたりといったこともあったといいます。戦火や火災とは違った苦難の多い寺です宝寿寺。
大師堂
廃仏毀釈の際は一時、さっき参拝した香園寺と合併した歴史があります。明治期に復興しました。
納経所
次の札所も近いですね。今日は横峰寺でいっぱいいっぱいかと思ったらまだいくつか打てそうです。
NEXT☞ 六十三番札所『吉祥寺』
次の札所までの距離:約1.4km
移動時間(徒歩):約20分
【六十三番札所】密教山『吉祥寺』
宝寿寺を出てJR伊予小松駅を通過。
山門
あっという間に六十三番札所『吉祥寺』へ到着。山門が久しく感じます。
ドラゴンが立派な手水舎。
手水舎の隣には成就石という穴の開いた岩があります。眼をつむって願い事を念じながら金剛杖をこの穴に通すことができれば願いが叶うと言われています。私は金剛杖を持っていないので挑戦権なし。チィッ……!
本堂
本尊:毘沙門天
真言:おん べいしらまんだや そわか
本尊は毘沙門天! めっずらし!!!
毘沙門天を本尊とする札所はここ吉祥寺だけです。珍しい本尊は刺激があって良いですね。
「おん べいしらまんだや そわか」ときましたか。初めての音の並び。新鮮新鮮( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )
毘沙門天は四天王の一尊で財宝福徳を守る神です。また甲冑に身を包んだ商運を司る神としても信仰されています。あの上杉謙信も毘沙門天を信仰していたというのは有名な話ですね。
大師堂
弘法大師がこの地を訪れた時に光り輝くヒノキを見つけ、それに本尊の毘沙門天、脇侍として吉祥天像と善膩師童子像を彫って、貧苦からの救済を祈願して堂宇を建立し安置したのが寺の縁起です。
美と繁栄の女神である吉祥天は毘沙門天の妻で、大師像の隣にくぐり吉祥天女として像が建てられています。この像の下をくぐると富貴財宝を授かるといいます。
納経所
ただいま16時。あと一つ打てそうですね。
NEXT☞ 六十四番札所『前神寺』
次の札所までの距離:約3.2km
移動時間(徒歩):約55分
【六十四番札所】石鉄山『前神寺』
そろそろ日暮れという時間帯ですが滑り込みで次の札所に参拝。急いでお参りするものではありませんがここを逃すと野宿する場所に困ります。今日もファミレスなど電源のある市街地までたどり着いてブログを書きたいですからね。
山門
六十四番札所『前神寺』到着。山号が横峰寺と同じ石鉄山(いしづちさん)じゃないですか。前神寺は石鎚山のふもとにあるお寺なので同じ山号なのも納得です。寺の縁起も、役行者が石鎚山で修行していたら蔵王権現を感得したという同じエピソードが始まりです。
時間が無い時に限って広いお寺です。
手を洗ったら早足気味に歩いていきます。
まず最初に大師堂があるんですよね。しかし本堂からお参りしていくので一旦スルー。
奥の石段を登ったら本堂です。
右手に大師像。
石段前には浄土橋があります。橋の右に見えているのは
御瀧行場不動尊。その名の通り滝に打たれる不動明王です。その昔、修験者たちはこの場所で滝に打たれて修行をしたと言われています。今では水の量も減りましたが、不動明王は現在も修行を続けておられます。
御瀧行場不動尊を過ぎて石段を登ると本堂です。
本堂
本尊:阿弥陀如来
真言:おん あみりた ていぜい からうん
めちゃくちゃ良い!
なんですかこの”冷たさ”は! 日暮れ前の前神寺がこれほどカッコいいとは! 暗くなるころにお寺に行っても写真映えしないかもな、なんて思っていましたが予想を裏切るカッコよさです。
前神寺を詠んだ御詠歌の
前は神
後ろは仏
極楽の
よろずの罪を
くだくいしづち
もめちゃくちゃカッコいいですね。
役行者の開創後、桓武天皇が病気平癒を祈願したところ霊験あらたかだったので七堂伽藍を建立。以来、歴代天皇の信仰篤く隆盛を極めました。神仏分離令で廃寺となりましたが明治期に現在地に遷り再興しました。
カッコいい本堂を堪能したら大師堂まで戻ります。
大師堂
弘法大師はこの地で虚空蔵求聞持法を修行したと言われています。またやってるんですか!?
納経所
16時半に納経所に来れました。余裕のない参拝でしたが冷えるような美しさの前神寺を見られたので良しとしましょう。
さて、日が暮れる前に西条市の市街地に出ますか。
NEXT☞ 番札所『』
次の札所までの距離:約km
移動時間(徒歩):約分
西条市で打ち止め
今日は夕日まで美しい。
景色を楽しみながらも寝床探しは怠りません。この橋の下はダメですね(。◔‸◔。)
やはり今日も公園ですか。近くに泊まれるのであれば全然ネカフェで寝たい気分ですが仕方ありません。いつも通り夜が更けるまでジョイフルでブログを書いて、その後公園野宿と行きましょう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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