2023-11-5
お遍路を始めてから最悪の体調です。調子を崩す要因は思い当たる節が多くて特定できませんね。栄養バランスが悪かったのか、最近の寒さに適応できてなかったのか……。そしてそんな日に限ってトレッキングが必要な屋島寺と八栗寺ですよ。涅槃の道場は全く楽々コースではありません泣
体調がすぐれませんねぇ
一宮新池農村公園からおはようございます。人も少なく過ごしやすい公園でした。ただ明るくなるとともに
大掃除開始。日曜日のデカい公園は地域ボランティアの活動の場になることが多い印象ですね。
あと少し撤収が遅れていたらビックリしていたことでしょう( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )
天気も良く爽やかな朝なんですけどイマイチ体調がすぐれません。十二番札所『焼山寺』へ向かう朝の様なダルさを感じます。困ったね。
【八十三番札所】神毫山『一宮寺』
次なる札所『一宮寺』は昨日参拝した讃岐国一之宮『田村神社』のお隣なので迷うことなく到着。
西門
仁王門じゃない方から来てしまいました。
大師がお出迎えしてくれる手水舎。
隣には薬師如来像の祠。この祠の中からは地獄の窯が煮えたぎる音が聞こえて、行いの悪い人が頭を突っ込むと抜けなくなるという伝説があります。ある時、意地悪おばあちゃんが「そんなことはないだろう」と思って祠に頭を突っ込むと本当に窯の煮えたぎる音が聞こえてきたので驚いて頭を抜こうとしたらどんなに力を入れても抜けなくなっていました。「もう悪いことはしない」と懺悔すると頭は抜けおばあさんは助かりました。その後おばあさんは健康で優しい人になったといいます。お話ですけどね。
本堂
本尊:聖観世音菩薩
真言:おん あろりきゃ そわか
一宮寺は大宝年間(701~703年)に法相宗の祖でありあの行基菩薩の師である義淵僧正が開創したと伝えられます。当時は大宝院と呼ばれていました。聖武天皇によって、全国に一宮寺が建立された際に讃岐一宮としてお隣の田村神社が建立され、大宝院は別当寺となります。後に行基菩薩が堂宇を修復し、寺号を一宮寺に改めました。
一宮寺は、一之宮神社の別当寺が神仏分離令によって札所として独立した寺院になったという四国他県の一之宮別当寺とは違うパターンで、神仏分離令の200年前には既に高松藩主松平頼常により別当職を解かれて完全な仏教寺院となっています。
大師堂
弘法大師が巡錫した際に聖観世音菩薩を刻んで本尊として安置。宗派も真言宗に改宗しました。
ここでまた納札が切れてしまいました。もう八十八番札所の分まで書ききってしまいましょう。
納経所
御朱印を頂いて参拝終了なんですけどちょっと境内のベンチで休憩。なんだか元気が出ません。5分くらいの休憩のつもりで座ったんですけど全然立ち上がる気分ではなくなって横になってしまいました。結局お寺を出たのはその40分後。風邪か……?コロナやインフルだったら非常に面倒ですが。
NEXT☞ 八十四番札所『屋島寺』
次の札所までの距離:約13.6km
移動時間(徒歩):約3時間50分
【八十四番札所】南面山『屋島寺』
次の札所へは国道193号線を北上。国道11号線と合流したら東に進みます。
厄介なのがこれから向かう八十四番札所もそうですが、次の八十五番札所も山寺だということ。登山という程ではありませんがちょっとしたトレッキングをしないとアクセスできない札所なんですよね。体調がすぐれない時に面倒な札所に当たってしまいました。
体調不良の原因は毎度のことですけど思い当たる節が多すぎて分かりません。栄養バランスが偏ったのか、最近の寒さに体が適応していないのか、ウイルスにやられたのか。どちらにしても栄養は取らないといけません。コンビニ飯やインスタント食品ではなくジョイフルでサラダでも食べましょう。
なんかサラダを食べたらちょっと体調が良くなりました。野菜不足……?
一応軽登山な参拝ですからマルナカで行動食と飲み物を用意しておきましょう。
山登りの常ですが登山口までは傾斜を覚悟しなくてはなりません。体調が悪い? お前が休んだら誰がお遍路やってブログ更新するんだよ(パワハラ)。
心の中のパワハラ上司に叱咤され登山口に到着。平地が無いので自転車を停めるのにも一苦労です。
13:10 屋島登山口
登山スタイルでコースタイムもつけて行きますか。
屋島は源平合戦の大きな舞台になった場所で、都を追われて屋島へのがれた平家と、それを追う源氏の間で激しい戦いが繰り広げられました。源平合戦の名シーンである、波間に揺れる扇の的を射抜いた那須与一の逸話を残したのもこの屋島です。今でもお遍路関係なく、瀬戸内海国立公園の景勝地として全国から多くの観光客が訪れます。
登山道にはちょいちょい大師ゆかりスポットがあります。この不喰梨。
弘法大師が「梨食べたい」といったのを「これは食えない梨だから」と断ったら本当にそうなっちゃったって梨の木なんですけど、これどっちも根性悪くないですか? 大師が意図的に仕返ししたわけではないのでしょうけど。
登山といっても道はほとんど舗装路ですね。そちらの方がきつくてあまり歓迎はできませんが。特に下り。
石畳は枯れ葉を踏むと滑って少しヒヤリ。下りは慎重に行かねば。
13:35 山門
30分弱で山門に着きました。
結構な賑わい。屋島は一応ここまで道が通っているので車で来ることもできます。近くに新屋島水族館もありますしね。山の上に( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )
屋島寺の開基は、いくつもの困難を越え日本に渡ってきた唐の高僧・鑑真和上。和上は苦難のすえ鹿児島に漂着した翌年、東大寺への船旅の途中に屋島からの光を感じ、北嶺に登頂します。そこに堂宇を建立したのが屋島寺の始まりです。
後に弘法大師が訪れた際、北嶺にあった寺を南嶺に移し、一夜で堂宇を建立したのだとか。
本堂
本尊:十一面千手観世音菩薩
真言:おん ばさら たらま きりく
本堂は鎌倉時代後期に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。元々は桃山時代の建築とされていましたが、昭和32年の解体修理の時に、本堂に使われている材木や技法が鎌倉時代のものだという事が分かりました。
本尊を納めた厨子の左右には来迎柱という金色の柱が立っていますが、これは人々がこの世を去る時にこの柱を目印として仏が迎えに来るためのものだと伝えられています。ココヘリですね。
本堂の右には四国タヌキの総大将『太三郎』を祀る蓑山大明神。唐から鑑真和上が訪れた時、タヌキが和上を屋島まで案内したといいます。また、弘法大師が訪れた際もタヌキが蓑笠を身に付けた老人に化けて道案内をしたとのこと。その後、大師はこのタヌキを、本尊の御用を務めるタヌキとして祀ったのです。
それ以来、屋島の蓑山大明神(タヌキ)は、淡路の芝右衛門(タヌキ)、佐渡の談三郎(タヌキ)と共に日本の三大名タヌキとして有名になりました。(タヌキ)要らないか。これらの中でも蓑山大明神は化け方が日本一巧妙なのだといいます。
大師堂
開けた境内はめちゃくちゃ陽射しがまぶしいですね。写真も編集しないとコントラストが強すぎました。
納経所
御朱印を頂いたら散歩がてら水族館方面を見てみましょうか。
NEXT☞ 八十五番札所『八栗寺』
次の札所までの距離:約5.4km
移動時間(徒歩):約1時間30分
屋島さんぽ
螺旋丸みたい。
修学旅行に来た気分。
屋島の街が一望できます。
大師が一日で本堂完成させたの物理的に日を伸ばしていたからで笑いました。
奥に豊島が見えますね。小豆島は見えないか。
山の上にあるとは思えない近未来的な造りの水族館。イルカショーのアナウンスがここまで届きます。
散歩終了。下山します。
【八十五番札所】五剣山『八栗寺』
五剣山『八栗寺』は屋島寺から直線距離で言えば近いのですが、こちらも山寺なので楽にはいけません。五剣山の山号の通りに複数の峰が天を衝く独特な形状の山です。元々は山号の通りに五つの峰があったそうなのですが1706年の地震などで峰が崩れて、現在は四つの峰に見えます。
八十五番札所『八栗寺』登り口の鳥居まで来ました。
八栗寺にはケーブルカーがあるので楽に行くこともできますが
雲辺寺も自力で行ったのでここだけ利用すると統一感がありません。徒歩で参ります。体の調子もジョイフルでサラダを食べてからそこまで悪くはありません。
日が暮れて冷えてくる前にサッと登ってパッと下りましょう。
ここも冗長な舗装路が続くだけで登山として難易度が高い道ではありません。手間ですが。
札所直前に大師像があったので写真を撮ろうと思ったんですけどめちゃくちゃ逆光。帰りにまた撮りますか。
二天門
山門到着。ここの門は四国霊場でも珍しい仁王門ならぬ二天門です。阿吽の仁王像ではなく、右は持国天、左は多聞天が守っています。
背後に岩峰を背負った本堂、山の神秘を感じる良いお寺ですね。
本堂
本尊:聖観世音菩薩
真言:おん あろりきゃ そわか
寺伝によると、弘法大師がこの山でいつもの虚空蔵菩薩求聞持法を行っている時に、天から五つの剣が降り、蔵王権現が出現。大師はその剣を山に埋めて鎮護とし五剣山と名付けたといいます。弥谷寺で聞いたような話ですね。
中将坊大権現
本堂左奥にさぬき三大天狗の一人である中将坊が祀られているお堂があるというのでお参りします。
けっこう長い石段で一瞬引き返そうかと思いましたね。山でもそうですけど「天狗」と名の付く場所に楽な道はありません。
中将坊堂到着。
ここではお堂脇に下駄を奉納するようです。中将坊は人のために夜に善行を働き、朝帰る夜勤テング様。奉納した下駄が翌朝汚れていれば中将坊が働いた印なのだとか。ありがたい話です。真言を唱えて手を合わせましょう。おんまかきゃらやそわか。
聖天堂
八栗寺には歓喜天が祀られています。歓喜天とはもともとインドで信仰されていた神様で、インドから中国に伝わり、それを弘法大師が日本に伝えたとのこと。木食以空上人が三代将軍家光の妹である東福門院から賜った黄金の歓喜天は大師作と言われています。上人はこの厳しく神秘的な五剣山の山容を見てこの山こそ「天尊勧請相応の霊地」と悟ったということです。
大師堂
お次は大師堂ですが
境内がデカい。大師堂まで少し歩きます。
大師堂到着。
弘法大師は唐へ留学する前に再び五剣山へ来山し、八つの焼栗を埋めて唐での成果を占い、旅の無事を祈願したといいます。大師が帰国するとこの焼栗は立派な栗の木に成長していました。これが八栗寺の由来です。
納経所
御朱印を頂いたら下山開始。
私の体調と引き換えに景色が良すぎる。心洗われますね。
逆光過ぎた大師を拝んでから下りますか。
もともと水大師だったのがお迎え大師になって我々お遍ラーを迎えてくれるようになったんですね。
少しかすみがちなのを加味してもお迎え大師からの夕暮れは素晴らしいものです。
NEXT☞ 八十六番札所『志度寺』
次の札所までの距離:約6.5km
移動時間(徒歩):約2時間
次の札所を目指してさぬき市へ
八栗山は舗装路と言えどこの斜度。舗装路だからこそ質が悪いのですけどね。なんだ斜度27%て。
超美しい街並みを見てほっこりしているうちに
無事にケーブルカー乗り場まで戻ってきました。もう日が暮れる……。
もう行動終了したいですが、日が暮れる前にさぬき市まで出ておきたいのでまだ進みます。
ギリさぬき市突入。風が生ぬるいですが強風で嫌な心地です。
ラ・ムーで食料調達したら公園にチェックインしてもう休みましょう。熱はないですけど体調もすぐれませんし。
また今日の野宿先の公園がデカくて、人気のない野宿スポットはあるんですけど水場が見当たらなくて困りました。テントを張った後にコッヘルと水筒だけ持って水場探し。縦走中みたいなことしていますね。何とか水場を見つけて一安心。食事して暖かい紅茶を飲んだらもう休みましょう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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